活動記録
         
 

三宅島釣行???記

 
 

木内 邦彰(43年   

 
 

三宅島は東京から南南西約18km、伊豆半島下田から約80kmに位置する周囲35km面積55平方kmの伊豆諸島の中で大島、八丈島、に次ぐ3番目に大きな火山島である。
黒潮の流れに浮かぶ温暖な海洋性気候で夏涼しく、冬暖かくこの島特有のいくつかの動植物を有する自然豊かな島である。

2000年6月、島の中央にある雄山の大噴火は大量の溶岩の噴出と高濃度の火山ガス(二酸化硫黄)の噴出で全島民が一時島を離れる事態を招くことになった。
島民の一部帰島が可能になったのは噴火から5年後2005年になってからである。
現在も火山ガスの噴出は続いており濃度が高い地域はガスマスクの着用が必要、その他の場所でも風向き次第でガスマスク着用との注意報、警報が放送されている。
現在島民の約7割が帰島したということであるが未だ噴火以前の状態にはまったく戻ってはいない。
つまり噴火
以降この島は海も山も自然のまま放置されていたと考えられる。我々釣り人には大物が期待できるなんとも魅力的に見える場所である。
KFCシニア会の三宅島釣行の企画の狙いは船釣りでアオダイ、メダイ、カンパチ、ヒラマサ等の大物が狙えること、桟橋釣りではムロアジ、アオリイカなどが釣れること、島の噴火跡観察、アカコッカ、イイジマムシクイ等の島特有の鳥類観察ができること等の目的があった。
11月9日 2230分竹芝桟橋より三宅島に向け
出航。
天候は小雨ほとんど無風、3万トンはあろうかと思われる客船「さるぴあ丸」はエンジン音軽快に目的地へひた走る。上甲板からは羽田、川崎あたりの石油コンビナート、横浜の夜景が美しい。

大釣果を夢見ながら、がらがらの二等船室で三々五々眠る。
11月10日5時三宅島錆ケ浜着、天候は雨、東南の風はやや強い。
民宿「夕景」の車2台に分乗して船宿へ、船釣り組みは朝食をとって6時には出船するはずである。
が、宿の主人は変にのんびり、いわく、これからまもなく風雨が強まるという、低気圧が近づいているのである。
携帯で天気予報を確かめると午後雨、波
メートルとのこと、今日の船釣りは断念せざるを得ないとしばらく仮眠。

時過ぎ朝食、気がつくと窓の外は台風並みの風雨である。
30ミリ/時はあろうかと思われる雨は風に煽られて約45度の角度で窓ガラスを打っている。
宿の主人いわく明日になると低気圧の移動で風向きが変わり錆ケ浜の桟橋に船が着けなくなるという、我々の帰りの予定は明日である、この風雨では一歩も外に出られそうにない、雨が上がっても2,3日は波が高いであろう、今日中に島を脱出するか!

人の意見は殆ど何の反対もなく今日の船に乗って帰ることに決定してしまった。
となると昼寝するしかない、船宿もすべての部屋が空いているのでそれぞれ静かなところを探して横になる、風雨の音のみ耳にしながら夕べの睡眠不足を解消した。
この時間帯に岡田さん、山中さんは近くの温泉へ行ってきたという、温泉の楽さと、行き帰りの風雨に打たれる辛さは差し引き
ゼロではと私は今でも考えている。

12
時過ぎ船の到着が早まるとの情報が入る、船は八丈島を出て、御蔵島に寄り、三宅島に来るのであるが風雨のため御蔵島に寄らず三宅島へ着岸するらしい。
持っている切符は明日の乗船券、切り替えの手続きもあるため早めに宿を出る。
船宿の主人が車で送ってくれるものと思っていたが、さにあらず、車を貸すから自分たちで桟橋まで乗って行けという、キーは着けたままで車は目立つところに置いておけと、考えてみれば小さな島、盗まれることは100%ありえない。おおらかなものである。途中昼飯を食べ錆ケ浜へ、たった1軒ある土産屋には荒天のためかめぼしいものはなかった。

14時20分同じ「さるぴあ丸」にて竹芝桟橋へ、行程約時間、外洋に出ると船は大変な揺れようである。
乗り合わせていた釣り人の荷物が左右の壁にぶつかる音が激しく聞こえる。我々もクーラーを柱にくくりつけることを急いだ。

「船酔い」が頭を掠める、皆に判らぬよう薬を服用、後で聞いたが殆どの人が薬を飲んだという。

20
時20分竹芝桟橋着。
我々、三宅島へ何しに行ったの?もちろんおいしい朝飯を食いにさ、昼寝をしにさ、などという会話をしながら、再チャレンジを約束し解散したのでありました。

   参加者(敬称 略)
    横田、 井上、 岡田、 南、 山中、 細谷、 柿原、 木内

 
   
 

我々を追い返した牙を剥く海

 
 

 
 

寝るっきゃない!!

 
 
 



 

 

 

Copyright(c) KFC-SENIOR. All Rights Reserved.